水泳が嫌い。学校から遠回りして帰宅したあの日。
姉の影響で3歳から水泳を始め、15歳まで水泳一筋の生活。
小学生時代の思い出が水泳以外ほとんどない。
12年間水泳に打ち込んできたが、決して水泳が大好きというわけでもなかった。
幼稚園までは母親が幼稚園まで送り迎えをし、そのまま水泳に通っていた。
水泳から逃げるという選択肢がない私はただひたすら毎日泳いでいた。
小学生になり、一人で学校へ通うようになった。
少しでも水泳に行く時間を遅らせるために学校からの帰り道、遠回りをした。
だが、実際5分ほどで帰れる道を遠回りしたところでたかが知れている。
帰宅してすぐ母親に連れられプールに向かっていた。
プールに向かう途中、車の中で聞くTOKYO FMのラジオを今でも覚えている。
ラジオを聞くと水泳を思い出す。
水泳の練習は、週6回。
学校の終わりに友達と遊ぶ暇さえなかった。
学校に行き、帰ってから水泳の練習。
練習が終わり、帰宅したら学校の宿題。
今思えばよく頑張ったと思う。
結局、全国大会に1度出場しただけで輝かしい成績を残すことなく15歳で水泳人生は終了。
成績は乏しいが、12年間の水泳生活は自分にとって大きな意味があった。
大きな目標に向かって、毎日こつこつと練習を積み重ねること。
毎日当たり前のことを積み重ねるって、すごく難しい。
でも、それが目標を達成するために最も大切なことだ。
水泳に打ち込んでいなければ、それに気づけていなかった。
大好きとはいえない水泳だったが、得たものは大きい。
水泳から得た「嫌いなことでも最後までやり切ることの大切さ」
振り返ってはじめて得るものの大きさに気付く。
過程の段階では、なかなか気づけない。
やり遂げて初めて気づく。
「なんかうまくいかないな」
「なんか合わないな」
そう思っても、とりあえず最後までやり切ってみることが大切かもしれない。
途中で逃げてもいい。あきらめてもいい。投げ捨ててもいい。
ただ、「まだいける!」と少しでも思えるのであれば、最後までやり切った方がいい。
その方が得るものは大きい。
結果として失敗だったとしても、やり切ることで得ることはある。
失敗から学ぶこともある。
失敗する前にやめたら、その学びは得られない。